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走行距離 5790km |
Berlin (ドイツ) |
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| * 現代史の舞台、そして、アートにあふれるすばらしい街 | |
![]() 一気にドイツを横断! アウトバーン2号線は渋滞が散発 ![]() ところどころで発生する工事渋滞にぐったり。しかも雨 ![]() ベルリンまでの距離が出た! あと428キロだ。がんばれ! ![]() ユースホステルで出合った若者。同じ奈良県出身ということで意気投合。裸でハッスルする、頼もしい青年だ |
8月27日(金)
ケルンから600キロちょっと、ベルリンまで一気にドイツを横断した。 まずは少し北上し、それからアウトバーン2号線に乗った。後は一直線だ。道路地図を見ればわかるが、道路網が発達したドイツでも、なぜか東西の接続は弱い気がする。そのせいか、東西を結ぶ重要なルートである2号線に車量が集中しているのかもしれない。交通量が非常に多く、ところどころで工事渋滞が発生していた。 ベルリンに到着すると、ケルンで買い求めていた詳細な地図を広げて、キャンプ地を確認。 ふむふむと言いながらアウトバーンを降りると、さっそく出口を間違えた。5番で降りなければならなかったところを、3番まで行ってしまったのだ。しまったと思いながら戻ろうとすると、ユースホステルの看板を発見。ここでもいいかな、という誘惑に駆られながらも、初志貫徹ということで、目標のキャンプ地を目指すことにした。 で、今度は5番出口から出ると、キャンプ地に誘導する看板が見つかった、しめしめと思いながらついていくと、シティキャンプという名前の、全然違うキャンプ地に出てしまった。ここでもいいかな…と思ったが、初志貫徹ということで、目標のキャンプ地へ。 こんな感じで行ったり来たり。せっかく詳しい地図を買ったのに、運河で隔てられていて向こう岸に渡れなかったり、道路があると思ったら散歩道だったり。迷いに迷いまくって、ようやく到着したら、なんと!!そのキャンプ地は閉鎖されていた… かなりショックを受けたが、まあ仕方がない。もう19時だし、早めに決めないと日も暮れるし、受付も閉まってしまうかもしれない。 というわけで、今夜はユースホステルに泊まることにした。ここに来る途中にも看板を見たので、3番出口のホステルとどちらがいいかな、などと考えていたが、たどり着いてみると、どちらも同じホステルだった。ここまで方向感覚がないとは! この時期に予約なしで部屋があったのは運がよかったと思うが、シニア料金を取られて、ほとんどホテルに泊まるのと同じような費用がかかってしまったのには参った。 部屋は4人部屋で、中に入ると怪しげなアジア人の若者が書きものをしている。何者かと思い英語で挨拶をしてみると、これが日本人。しかも、同じ奈良県出身ということで、意気投合。前夜まで、タチの悪い白人たちが相部屋で、嫌な目にあわせられたらしく、とてもうれしそうにしていた。 彼は大学で語学を専攻していて、英語、ドイツ語、スペイン語まで堪能だというなかなかの秀才。夏休みに語学研修といことで、ミュンヘンに来たついでに、いろいろ旅をしているのだそうだ。
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![]() 「朝からそんなに食えへんやろ」「いや、サンドウィッチ作って、昼ごはんにしますねん」 ![]() これがベルリンの玄関口、ツォー(動物園前)駅だ!
![]() バビロニアからはイシュタールの門をもらってきました
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8月28日(土)
翌朝、ホステルの食堂で朝食。朝食を食べるなんて、旅に出てから初めてのことだ。 しかも、けっこう豪華。フランスのしょぼいホテルよりもずっと立派な朝ごはんだ。パンは何種類もあるし、ハムやチーズも種類が豊富。シリアルやヨーグルト、フルーツもある。 例の好青年は、まさかそんなに食べられないだろうというほどの量を皿に盛って来た。どうするのかと思うと、サンドイッチを作って、昼ごはんに持っていくのだとか。持ち出しは禁止だと張り紙がしてあったが、お構いなし。ぼくも真似をして、サンドイッチを3つほど作ってみた。周りではこんなことをしている人はどこにもいない。世界一リッチだといわれた日本人は、今はどこに。 食後、ベルリンの中心部までいっしょに行くことにした。彼はすっかりベルリン通になっていて、割引情報からなにまで、よく知っている。まずはホステルの近くの駅に歩いていって、そこからSバーン(郊外電車)で15分ほどで、ベルリンの中心にある、通称ツォー駅に到着する。これは、動物園の前にあるのでそういう名前になっている。こんな街中に動物園があって、パンダまでいるというのは、驚きだ。 さっそくツーリスト・オフィスに行き、行列してミュージアム・パスを買う。学生6ユーロぽっちで、3日間、50ものミュージアムに入り放題になるという、とんでもないお得なカードなのだ。これは信じられないほど安い。2つか3つも入れば元が取れる値段だ。必ず買うべきだ。 ぼくはそこから、ブランデンブルク門まで歩いていくことにした。途中、金ピカの塔や、ユダヤ人慰霊碑や、いろいろなモニュメントを見ながら、ニュー・ガバメント・クオーターへ。 ベルリンは、戦争で大部分が焼け野原になったために、守るべき古いものが少ない。そのおかげで、東京と同じように、現代建築の宝庫だ。なかでも、新しい連邦議会の建物はすばらしい。どの角度から写真に撮っても、建設予定図のように現実ばなれしている。そして、その向かい側には、ライヒシュタッヒだ。19世紀末に完成した建物はドイツの近代史の生き証人だ。入場無料で見学できるが、相当な行列ができている。奈良県出身の好青年の情報によると、行列が長くても30分程度で入れるとのこと。 それから、ようやくブランデンブルク門へ。ベルリンの壁はこの門のすぐ西側を通っていた。壁が崩壊した時は、まさにここがその中心地となり、何度も報道で繰り返し映し出された場所だ。門そのものは、パリの凱旋門などに比べれば小さく、装飾も簡素だが、現代史の表舞台と考えると、重みがある。 門をくぐれば、そこは旧東ドイツだ。不思議と、何も変わらない。人も変わらないし、建物もあまり変わらない。この辺りは壁が崩壊してからの開発がすでに終わっているのだろう。ウンデル・デア・リンデンと呼ばれる通りをさらに歩いていくと、しだいと大きなモニュメントが増えてくる。 そして、ミュージアム・インゼルと呼ばれる、ミュージアムの集中した一角へとたどり着く。いくつかミュージアムを見たりした。 この日はたまたま「夜のミュージアム」とかいうイベントが行われていた。日が暮れてから、各所のミュージアムの敷地を使ってコンサートやらなんやらを遅くまでやるというものだ。 ウンデル・デア・リンデンの通りの真ん中のスペースでも、いろいろなものが展示されていた。 こういう風景を見ていると、ベルリンこそ「アートの街」という称号にふさわしい気がする。古いものもあれば、新しいものもあり、街そのものがアートと化す可能性を持っているのだ。(パリだと、新しいものを許容する余裕が少ない) そんな感じでうろちょろしながら、100番のバスに乗ってツォー駅まで戻り、Sバーンで宿に戻った。100番のバスというのは、知る人ぞ知る、ベルリン周遊バスだ。普通の路線バスなのだが、そのルートが、見事にベルリンの見どころを通過するのだ。しかも2階建てということもあり、観光客が大勢乗り込んでいる。 さて、宿に戻ると、例の好青年はすでに戻ってきていた。なんでも午後4時ごろには疲れて戻ってきていたのだそうだ。すると、今度は佐賀県出身の若者がいて、意気投合して、いっしょに動物園に出撃したのだそうだ。初めてパンダを見たということで、大ハッスルだった。 で、ぼくはちょっと困ったことに巻き込まれた。明日の日曜日に、この一帯を使ってベルリンマン・トライアスロンなるスポーツ・イベントが行われるのだそうだ。そういうわけで、ホステル脇の駐車場が駐車禁止になっていた。明日の予定を今日の午後になって掲示するとは、ドイツ人ものんびりしたものだと思いながら、車を動かさなければならなかった。近くの車道も駐車禁止になっていたので、あちこち探し、駅の近くにようやく発見した。 まあ、こんな感じで長い一日が終わった。
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8月29日(日)
2日目の夜が明けると、朝から雨。それもかなり激しく降っている。窓の外を見ると、ベルリンマン・トライアスロンの準備が着々と行われていた。雨が降って、いい気味だ。 朝食後、ぼくはこれ以上、こんなに値段の高い場所に泊まるわけにはいかないので、キャンプ地を求めてチェックアウトすることにした。例の好青年とは再会を誓って、涙の別れだ。 重い荷物を抱えて駅の近くの駐車場へと。そこから高速に乗り、5番出口を出て、えいままよと、二日前にすぐに見つけたシティキャンプに泊まることにした。こんなことなら最初からこのキャンプにしておけばよかったのだ。 このキャンプ地は高速の出口からは近いが駅からは遠いので、車でホステル近くの駐車場まで行き、そこからSバーンに乗ることにした。 この日はシャルトッテンブルク宮殿とその周辺のミュージアムを見て回った。 意外と気に入ったのは、ブローハン・ミュージアム。アールデコの家具や装飾品が展示されている。スコットランドでレニー・マッキントッシュの建築を見て以来、アールデコには好意的なのだ。 それからポツダム広場に電車で行き、ソニーセンターをうろついた。ポツダム広場は戦争で徹底的に破壊されたエリアで、再開発が終了し、いかにも「都市」という匂いを発散させる一角に変貌した。 その中心がソニー・センターだ。ソニーのヨーロッパ本社がここにある。また、カフェやレストラン、フィルム・ミュージアム、大規模なシネコンも入っている。ここの映画館はすばらしい。英語の映画は、「ガーフィールド」のようなものまでオリジナルで上映している。他の映画館では基本的に吹き替えだ。で、しかも、字幕なし!これはすばらしい。字幕なしでオリジナルで見る、それが映画の本来あるべき姿だ。字幕の白い文字が踊ると画面の輝度が変わるので、本来意図された色彩とは違う映像を見ていることになる。だから、字幕なしで映画を見れるというのはすばらしいことなのだ。 また、ソニー・センターのそばに、ダイムラー・センターと呼ばれるショッピングモールがある。これもまたすばらしい。本当にこのエリアは都市を感じさせる、楽しい場所だ。 そんなこんなで、日が暮れるころにSバーンに乗って駐車場に戻った。すると、とんでもない事件が巻き起こっていた。 警察官が大勢やって来て、ふたつある出入り口を封鎖。出ようとする車を丹念にチェックしているのだ。駐車場内では、懐中電灯を持った運転手が、車の内や外をていねいに見ている。フロントを開けたり、地面に貼りついてタイヤの裏まで見ているではないか。それほど大きくはない駐車場だが、200人くらいの人が集まって来ている。 彼らはなにをやっているのだろうか? ぼくはしばらく様子を見ていたのだが、はたと気付いた。爆弾が仕掛けられたに違いない。何者かがこの駐車場の車に爆弾を仕掛けたという電話を警察にしてきたに違いない。だから、彼らは自分たちの車に爆弾が仕掛けられていないかを、必死になって調べているのだ。 なるほど、そういうことなら問題はない、たいていの予告電話は嘘で、実際には爆弾など仕掛けられてはいないのだ。だが… こういう場合にターゲットになりやすいのは外国人だ。ぼくの車はフランスナンバー。オンボロなところが盲点で、逆に犯人に狙われやすいのではないか… きっと爆弾はないだろう、でも、エンジンをかけた瞬間に爆発したら… 走り出したとたんに爆発したら… そう考えると、ちょっと怖くなってきた。警察官に頼んでチェックしてもらった方がいいかもしれない。でも、他のドライバーは自分でチェックしている、警察はそこまではしてくれないということか、それならせめて懐中電灯を借りようと思った。 その前に、実際ここで何が起こっているのかを知らなければならないと思い、近くにいた若者にたずねてみた。すると、なんと!!爆弾が仕掛けられたのではなくて、警察官による、改造車の摘発が行われていたのだった。出て行こうとする車を捕まえ、違法な改造が行われていないかを調べているのだそうだ。 ぼくは胸をなでおろした。爆弾じゃないなら大丈夫だ。だが、それもつかのま、ぼくは自分の車を見てみた。88年製のポンコツ車。、バンパーはズレていて、ナンバープレートは落ちないようにテープでとめられている。ライトは割れて虫の死骸がつまっている。改造はしていないが、整備不良で摘発されるのではないか、そういう不安が胸をよぎった。 だが、いつまでもここで待っているわけにもいかない。不法な改造を行っている若者たちは、いい加減に待ちくたびれて、酒を飲みに行ってしまった。というわけで、ぼくは覚悟を決めて、駐車場を出ることにした。 一応、免許証や登録書などを手元に置いて、ゆっくりと出口に向かった。すると、警察官が面倒くさそうに、「じゃまだからさっさと行きなさい」とばかりに手振りをするではないか。 なんと!この扱いはいくらなんでもひどい。塗装も剥げたこんなポンコツ車だが、もしかしたらロケットエンジンを搭載しているかもしれないのに、まったく興味なしとばかりに追い払われた。 そんな感じで、今日も一日が終わった。ドイツ人は、走り屋のような連中でも英語を流暢に話すものだと、ちょっと感心した。
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8月30日(月)
今日も朝から雨。ベルリンは雨ばかりだ。それに寒い。なので、テントの中でぼんやりと午前中を過ごしてしまった。月曜日はほとんどのミュージアムが休みだということもある。 が、気を取り直して、月曜日開いているミュージアムにでも行ってみようかなと、出かけることにした。 今まで歩いたところをもう一度歩いたり、ポツダム広場をうろついたり、つまらないバウハウス・アーカイブをのぞいてみたり。 そんな感じで、今日も一日が終わった。 (2004年8月27日〜30日)
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