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   ブダペスト

走行距離 7615km
訪問都市     21

 Budapest
(ハンガリー)

 

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* 東欧でもっとも美しい夜景

難なく国境を突破し、ついにハンガリーの首都、ブダペストに到着!


郊外電車はチンチン電車に毛が生えたようなもの。チンチンに毛が生えたわけではない


静かな回廊を歩く


トルコ軍に受けた砲撃を再現。ぶつぶつして気持ち悪い


なにげない銀行の建物も立派


コンサートホールの広場では大勢の人がくつろいでいた


聖スティーフ寺院は必見だ


ドームは金ぴかモザイクで覆われている


祭壇は大理石と金ぴかに覆われているが、シンプルなラインがそれを嫌味に感じさせない


東側から城を見たところ。美しい夜景だ


東側は議会の建物がライトアップされている

9月7日(火)

いよいよハンガリーの首都、ブダペストを目指して出発だ。まっすぐ南下し、ほど遠くない場所に国境はある。

ここではまずスロバキアの出国審査があり、それからハンガリーの入国審査が行われる。もしスロバキアを出国して、ハンガリーに入国を拒否されたりしたら、どうなるのだろう? この幅3メートルほどの国境地帯で死ぬまで暮らさなければならなくなるのだろうか… そんな心配も無用で、すぐにスタンプを押してくれた。女性係官は不服そうに、ゆがんだバンパーをにらみつけていたが。

国境を越えると、山野の形状ががらりと変わる。ひとつひとつの起伏がゆったりとしている。高低はゆるやかで、平野も伸びやかだ。スロバキアに比べると、切り開かれた農地が格段に増える。大きな工場もいくつか通り過ぎた。サムソンの工場もあったのだが、「The Real Leader of Digital World」と掲げられてあって、あまりの厚顔ぶりに呆れてしまった。

人種、という概念が、いかほどの意味を持っているのだろう、とぼくは長年疑問を抱いていた。民族移動が始まってから1500年あまり。混血も進み、人種グループがはっきりとしている個人の方がまれなのではないだろうかと思っていた。特にフランスで暮らしてからは、人種ではなく国籍という概念が支配的になった。

だが、驚いたことに、ハンガリーに入ったとたん人の風貌が変わった。みんなずんぐりとした体型をしているのだ。年齢に関係なく、みんな同じように丸く太っている。スロバキア人とはっきりと違う。これがマジャール人か!と驚いた。国境を越えると、これほど明確に人が変わるのだとは、想像もしていなかった。

ぼくたちはこの国をハンガリーと呼ぶが、彼らはマジャーロルサグ、マジャール人の国と呼ぶ。そう、彼らはマジャールの末裔なのだ。

さて、国境からブダペストはさほど遠くない。まっすぐ南に130キロといったところだ。ブダペストまでは順調だったが、到着すると、やっぱり迷いに迷いまくって、ようやく目的のキャンプ場を見つけ出した。

受付には、マジャールではないとひと目でわかるほどきれいな女性がいた。英語で話しかけたが、わからないらしく、門番をしていたノートル=ダムのせむし男のような若者を呼んだ。彼はそんな外見なのに、英語が話せ、ちょっとしたナイスガイだ。

さて、ここの料金設定はちょっとイビツ。自分のテントで泊まった場合、電気も使うとなると4000Ft近くするのに、バンガローの方がずっと安い。2級バンガローが2700Ftで、3級だと1600Ftだ。

100円が190Ftなので、だいたいFtの数字を半分にすると、日本円になる。

2級と3級、両方を見せてももらった。3級は、スロバキアで泊まった小屋を10年間放置したような荒れ方だった。ぼくはもう、どんな場所でも眠ることができるようになっているので、「悪くないね」と言うと、「たいていの人はあまりのひどさに笑うんだガニ」と、彼は言った。

というわけで、2級のバンガローに泊まることにした。ざっと10畳以上の広さの小屋で、ベッドが3つもあり、洗面台まで付いている(ただし、水は出ない)。たいていのキャンプ地は、老朽化していてもていねいに手入れがされているが、このバンガローは、掃除された形跡がない。奥の方に行くと鼻がむずがゆくなってしまう。カーテンはレースのものだけなので、夜になると中が丸見えで、悪さもできない。

さらに、シャワーとトイレ棟のひどさは特筆に価するだろう。写真は自主規制したが、ここまで汚いシャワーはなかなかない。そして、生まれて初めて鼻にするすさまじいにおい。そもそもこのキャンプ場はずいぶんと古いもので、しだいと廃れていったような感じを漂わせている。やたらと広いが、使われていない部分が多い。レストランやバーの建物もあるが、閉ざされたままだ。トイレ棟もいくつかあるが、使われているのは1ヶ所だけ。

まあ、ぼくは、雨風さえしのげれば平気だし、ここはそれなりの値段なので、気にしない。

部屋に荷物を運び入れると、さっそく街に出ることにした。すでに16時なので、夜景でも見て帰ってこようと思う。

キャンプ地のすぐ前に小さな駅があって、そこから電車に乗る。駅に切符の自販機があったのだが、故障で使えず。仕方なく、切符を持たずに乗る。二駅ほど行ったところにキオスクがあったので、そこで下りて切符を買った。一枚145Ft、80円くらいだ。電車に乗ると、小さな赤い箱があるので、そこに切符を差し込み、黒い部分を前に強く倒す。すると、切符にパンチが入る仕掛けになっている。最初、パンチの開け方がわからず、あやうくむ無賃乗車するところだった。まさか、こんなに強く黒い部分を動かさなければならないとは思わなかった。こういうものは、切符を差し込みさえすれば、自動で刻印されるはずだと信じ込んでいたのだ。

ここの刻印の仕組みはちょっと面白い。切符に3×3の升目があり、1から9までの数字が書かれてある。パンチを入れると、そのうち3つの升目に穴が開く。おそらく、電車ごとに穴の開く部分が違っているのだろう。それにしても、だれもパンチを入れない。定期券のようなものを持っているのだろうか。

ベルリンで、切符を持っているかどうかのチェックに出くわしたことがある。普段着の三人組が乗客を装って乗り込み、電車が走り出すと突然、「切符を出せ!」と叫ぶのだ。ぼくはその時、たまたま切符を持っていたので助かった。さもなければ、相当な額の罰金を取られることになる。

さて、街を東西に分断するのはドナウ河。その東側、どちらかというと新市街に当たる方を歩くことにした。

子供の頃、豚とペストでブタペスト、というようなだじゃれを耳にしたが、あながち間違いではない。というのも、城の残る西側はブダ、東側はペストという、ふたつのエリアに分けることができるからだ。ふたつを合わせてブダペストなのだ。

この街は建築の宝庫だ。名もない建物まで巨大で、見事。どれもかっこいい。地図も見ずにぶらぶらしていても、十分に楽しいのだ。

こちら側で圧巻なのは、ドナウ河に臨む、議会の建物。ネオ・ゴシック様式で1902年に完成。よく絵葉書などで見かけるブダペストの風景がこれだ。見学もできる。

それと、1905年に完成した聖スティーフ寺院。この教会はすごい。美しいドームとふたつの塔を持ち、剥き出しの石の素材感がたまらない。内装は、恥ずかしくなるほど金ぴか。ただし、金と大理石の素材を大切にしており、デザインの基本線はシンプル。だから嫌味がなく、美しいのだ。この内装は相当なものだ。

この教会を見ると、プラハの教会のつまらなさを改めた思い出した。ぼくは、数少ないアンチ・プラハ派なのだが、プラハの教会は見栄っ張りの小金持ちによって作られたものが多く、装飾はイビツなほど過剰。つまり、バロック、ねじくれ柱。信仰心などかけらも感じさせない絢爛さ。そのくせに、本物の大理石を買う費用をケチって、木組みに大理石模様を描いて「人口大理石」などと呼んでいる。これがプラハの真相だ。ぜひじっくりと見てほしい。プラハの教会の大理石は、端の方のペンキがはがれているから。

さらにぷらぷらして、店を覗いたり、トランプを買ったりして夕暮れを待った(実はカード・コレクターなのです)。

日が暮れる頃に橋を渡り、城の麓を歩いたり、噂に名高いブダペストの夜景を楽しんだ。

少し北に行ったところにあるマルグレット橋からの風景が絶妙だ、と人は言うだろう。が、何もかもが一枚に収まりすぎていて、気に入らない。とりわけ、城のすぐ足元にかかる橋が、クリスマス・ツリーのように電飾されているのが嫌だ。

少し目を閉じて考えてみたい。これらの建物の建てられた時代、まだ電気のなかったころ、風景はどんなだったのだろうか。車も行き交わない静かな夜、無数の星明かりに、うっすらと浮かび上がる、そんな風に街は見えたのだろうか。

物価はそれほど安くない。西側諸国に比べれば、ぐっと安いのだが、スロバキアから来ると、何もかもが高く思えてしまう。特に、外食はやや高くつく。観光エリアで食べると、フランスと変わらない。大都市だから仕方がない面もあるのだろうが、食費を節約しないといけない。

 


ブダ地区の地図


ブダ地区の目玉のひとつ、マーチャース教会


教会の前ではドナウを見下ろすことができる


教会内部にはすばらしい装飾がほどこされいる


めずらしい、奥行きのある丸窓


エ女。戴冠記念にリストのミサ曲がここで初演されたらしい


チョーお宝の宝冠だが、本物だろうか… もしそうなら、よほどへたくそな修復がほどこされている


なぜ上の十字架が歪んでいるのかをていねいに解説


戦争で廃墟となった教会の一部が残っている


かつての王宮の一部。今はミュージアムがいくつか入っている


ブダ地区は、城以外に普通の街並みが広がる


広大な地下ダンジョン


不気味な像が突然目の前に!かなり怖い場所だ


相当な広さだが、なんのために造られらのか、解説は一切ない


酒臭いと思ったら、ワインの湧く泉があった。小粋な演出だ


立派なライオン像


反対岸、議会の建物

9月8日(水)

今日は朝からブダ地区の城のあるエリアに行った。

まずはマーチャース教会。それからぷらぷらして、たまたま見つけた地下ダンジョンに入った。学生1000Ft は破格の高さだ!それだけの価値があるかわからないが、おもしろい。クリプトマニアのぼくは、「地下」と聞くだけで入ってみたくなる。このダンジョンはけっこうな広さだ。地上に重ねあわせた地図があればいいのだが、由来も含めて一切の解説なし。中は暗く、若干の演出が施されてある。心臓の鼓動のような音が響いていたり、不気味な像が置かれていたり、ワインの湧く泉があったりと、なかなか凝っている。

それから城に行った。城は大きい。が、残念ながら、城としては公開されておらず、かつての生活をしのぶことはできない。内部はいくつのかのミュゼになっている。

明日から数日に渡って、地方の物産展が行われるらしく、販売用の小屋がたくさん建てられてあった。

あまりにたくさん歩いて、いろんなものを見たので、いちいち書かないが、このエリアだけで丸一日かける価値があると思う。

さて、ぼくは東欧に対するあこがれというものを、もともと持っていない。多くの場合、あこがれとは、知らないことから抱くものだ。知ってしまえば、なんだこんなものかとなることが多い。ぼくはプラハでそれをやっている。パリより美しいなどという人がいたので、確かめるためにのこのこ出かけていったのだ。

ぼくは東欧に多い、ペンキ塗りの建物が好きでない。石のかけらを積み上げて、漆喰で塗り固め、色を塗った、そういう建物が好きでないのだ。古くなれば色を塗り替える、それでもう古いも新しいもなくなってしまう。

石積みの建築物なら、年を経るごとに、石に含まれたアルミが酸化しく黒ずんでくる。だから、ゴシックの教会は黒い。これが、呼吸するということだ。石は生きており、建物も生きているのだ。そんな風に考えるのは、ぼくがアニミズム的思考を持っているからだろうか。

この街は、その多くはフランスとイタリアから学んでいるように見える。そんなこともあって、東欧の中でも独特の色彩を放っているのではないだろうか。

 


英雄広場には、英雄たちの像が建ち並んでいる。周辺にはミュージアムがいくつかある、美しい場所だ


ここもミュージアムになっていた


これは美術館


こんなに落書きの多い街は初めてだ


あらゆる場所に落書きがある


汚いだけの落書きには反対だ。アートをしろ!

ブダ地区を見てほとんど一日が終わってしまった。ブダペストは、丸2日はかけないと、主だったところすらカバーできないようだ。

足の疲労はけっこうなものだったが、日が暮れるまでまだ時間があったので、英雄広場を見に行くことにした。

ペスト地区でも名建築が並んでいることで知られているアンドラシー通りをひたすら真っ直ぐ歩いていく。地図を見て、行けそうだと思ったのだが、遠い… これは歩いて行く距離ではなかった。

この広場は、マジャール人によるカルパチア盆地征服1000年を記念して、1896年に設けられた。周辺にはすばらしいミュージアムがいくつかあり、美術館にはぜひ行きたいと思っていたが、時間切れだ。

1日半では、見れるものにも限界がある。もう少し時間を取って、温水プールにも浸かりたかった。ハンガリーにはいくつも温水プールがあり、近頃では、同性愛者の出会いの場となっているそうだ。

 


マグレット橋から見ると、なにもかもが一枚に収まるのだ

 

さて、東欧の美しい街というと、必ず比較されるプラハとブダペストだが、どちらか一方に行くとなると、初心者はプラハを選んだ方がいい。

見どころを比べるとブダペストの方が多いが、プラハには中心となる広場があり、その周辺は現地の人が寄り付かないほど観光化されたエリアが広がっている。この広場には、観光客を安心させる力がある。ブダペストには、そういう求心力のある場がない。

ただ、プラハはインチキが多い。教会の人口大理石もそうだが、プラハ城はまったくやる気なしだ。広場のレストランもインチキな値段だ。チェコ人は商売人気質だと言われるが、納得だ。

だが、プラハはゴーレムや錬金術といった伝説や怪談にあふれている。物語を持った街というのは、大変な魅力がある。ただ、多くの人は、物語に触れることなく、旅を終えるものだが。

ぜひこの両者を比較してほしいと思う。ブダペストの方が上級者向き、というのがぼくの印象だ。プラハは初心者でも楽に旅できるが、実はもっと深いものを秘めている。プラハのすばらしさは、そこに秘められた物語にあるのだ。だが、新しい街並みが真珠のような教会を隠してしまっているように、街は古い物語を忘れようとしている。ぼくはプラハのそれが気に入らないのだ。

(2004年9月7日〜8日)

 

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